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福岡高等裁判所 昭和44年(う)395号 判決 1969年12月18日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

原審における未決勾留日数中二〇日を右本刑に算入する。

但し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人から金四万円を追徴する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

<前略>

弁護人の控訴趣意第一点(事実誤認または審理不尽)について。

所論は、被告人が横山ほか二名から金員の交付を受けたのは単なる貸借関係に基づくものであつて、収賄または恐喝したものではないのに、原判決が収賄または恐喝の有罪事実を認定しているのは、事実を誤認するか、または審理を尽さない違法がある、というにある。

よつて記録および原審で取調べた証拠を検討し、さらに当審における事実取調べの結果を参酌して考察するに、被告人と横山ほか二名との間には被告人が海上保安官であり、横山らがその取締りを受ける業者であるというほかには格別親密な関係はなく、特に横山との間には従前金の貸借関係は全くなかつたこと、それにもかかわらず、横山に対しては同人所有の漁船の衝突事故の捜査中に「パチンコ代を貸してくれ」といつて暗に金員を要求し現金一万円の交付を受けていること、杉本および浦本に対しては衝突事故または違反操業に関してそれぞれ原判示の如く脅迫的言辞を弄して金員の交付を要求し、現金一万円または額面二万円の小切手一通を交付させていることは証拠上明らかであるから、被告人が横山ほか二名から交付を受けた金員または小切手が単なる貸借関係に基づくものとは到底認めることができない。原判決が横山関係につき収賄の、杉本および浦本関係につき恐喝(もつとも、恐喝とともに収賄の成立することは後記のとおりである。)の各有罪事実を認定したのは相当であつて、所論のように事実誤認または審理不尽の違法は存しない。論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意第一点(事実誤認または法令解釈適用の誤り)について。

所論は、杉本および浦本関係(原判示第二および第三)につき、原判決が恐喝罪については公訴事実どおりの事実を認定したが、これと一所為数法の関係にある収賄の訴因については被害者の財物の交付は任意の交付ということはできないという理由で同罪の成立を否定したのは、事実を誤認するか、または法令の解釈適用を誤つた違法がある、というにある。

よつて検討するに、公務員が職務に関して恐喝的方法によつて相手方を畏怖させて財物を交付させた場合、恐喝罪の成立することは勿論であるが、相手方が畏怖により意思の自由を全く失つてしまつたような場合は別として、相手方に不完全ではあつても、なお、財物を交付すべきか否かを選択するに足る意思の自由が残つている場合には賄賂罪も成立し、当該公務員については恐喝罪と同時に収賄罪が成立し、右両罪の関係は一所為数法の関係にあるものと解すべきである。

いま、本件についてこれをみるに、原判決挙示の関係証拠および当審における事実取調べの結果によると、被告人が海上保安官として、杉本に対しては自己が現に捜査を担当中の船舶衝突事故に関し、また浦本に対しては自己が将来検挙捜査すべき漁業規則違反操業に関し、それぞれ恐喝的方法によつて現金または小切手を交付させた外形的事実関係は、いずれも原判決事実摘示のとおりであると認められる。そこで右事実関係のもとにおいて恐喝罪のほかに収賄罪も成立するか否か、換言すれば、杉本および浦本においてなお被告人の要求に応ずるか否かを選択する意思の自由が残つていたかどうかにつき調べてみると、

(1)  原判決挙示の関係証拠、特に杉本スミヨの検察官に対する供述調書二通ならびに当裁判所の証人杉本スミヨに対する尋問調書によると、杉本は、原判示の如く、被告人から「罰金どころか僕のペンの動かしようでは爺さんは監獄に行かんならんとたい。忘年会をするから一万五、〇〇〇円位出してくれ。」といわれてびつくりすると同時に、被告人の忘年会の費用を出すことには不満であり、また夫庄次郎所有船舶の衝突事故の取調べ中に金をやれば自己も罪になるのではないかという不安もあつたが、金をやれば被告人が手心を加えて穏便な処置を取つてくれるものと思い、「それでは一万円だけにしてくれ」といつて被告人の同意を得、当時自宅に来ていた娘達にも相談のうえ、現金一万円を被告人に交付するに至つたこと。

(2)  原判示挙示の関係証拠ことに浦本広紹の検察官に対する供述調書二通ならびに当裁判所の証人浦本広紹に対する尋問調書によると、浦本は原判示の如く、被告人から「夕べあそこで操業していたのを見たぞ、規則違反で検挙するぞ、俺に二万円持つてこい」といわれて「二万四、〇〇〇円の水揚げしかないのに、二万やつたら経費もないじやないですか」といつて右要求を斥けようとしたが、被告人がきき入れないので、事件にされるよりは金を出して見逃してもらつた方がましだという判断のものに、一応被告人の申出を承諾したこと、その後被告人も自粛して取りに来なくなるかも知れないと思つてそのままにしておいたところ、一二月二二日頃および二三日頃の両日にわたり被告人から交付方を催促されたので、額面二万円の小切手一通を被告人に交付したが、海上保安官たる被告人が直接銀行に業者の振出した小切手を持つていけば双方に具合が悪いと考え、被告人に対し誰か使の者を取りにやるように注意を与えていること。

が認められるのであつて、右事実関係からみて、杉本および浦本は被告人の要求に対し困惑畏怖を感じながらもなお、被告人に対し金員を交付すべきか否かを選択する意思の自由は、完全ではないとしても、なお保つていたものと認めるのが相当である。したがつて、右両名の関係については恐喝罪とともに、これと一所為数法の関係にある収賄罪が成立するものというべきである。原判決が右両名の関係につき収賄罪の成立を否定したのは、事実を誤認するかまたは法令の解釈適用を誤つたものであつて、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

検察官および弁護人の控訴趣意各第二点(量刑不当)について。

よつて記録および証拠に基づいて検討するに、被告人は海上保安官として他の犯罪を取締る職責を有するのであるから、自らの行状を慎みその廉潔を疑われることのないように心掛けるべき立場にあつたにもかかわらず、事件に関係ある業者に金員を要求し、ことに杉本および浦本に対しては自己の権力をかさにきて恐喝的方法を用いて金員を要求しているのであるから、公務員としての職務の公正を害することが大であり、その行為は強く非難すべきであるが、一方、本件被害額の合計は四万円であつてそれ程大きな額ではなく、しかも全額弁償ずみであること、被告人は本件により、当然のこととはいえ、二〇年余にわたつて勤めてきた公務員としての職を失い、それに附随して種々の不利益を受けるべき運命にあつて、本件裁判以外にも厳しい報いを受けることなど、被告人にとつて同情すべき事情も認められるのであつて、これらの事情を彼此勘案すれば、原判決の刑の量定は重きに過ぎて不当であり、原判決はこの点においても破棄を免れない。弁護人の論旨は理由があり検察官の論旨は理由がない。<以下省略>(岡林次郎 緒方誠哉 池田良兼)

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